國(guó)家公文書(shū)局は9月1日、『中國(guó)侵略日本人戦犯供述書(shū)選』(二十一)日本人戦犯?長(zhǎng)田友吉を公式ウェブサイトで公開(kāi)した。
1954年8月4日の供述書(shū)によると、長(zhǎng)田友吉は1920年に東京都で生れた。1942年に中國(guó)侵略戦爭(zhēng)に加わり、1945年8月に捕虜になった。重要な罪行には以下のものがある。
1942年9月、山東省歴城県済南陸軍病院衛(wèi)生新兵教育隊(duì)において、済南捕虜収容所から連行した中國(guó)農(nóng)民2人を軍醫(yī)が解剖刀で解剖虐殺した。某衛(wèi)生軍曹は虐殺された中國(guó)農(nóng)民のうち一名の腹部臓器 肝臓、脾臓、腎臓などを教育標(biāo)本として取った。
1943年8月、北京で民家に侵入し、家の土間に倒れていたコレラ重癥患者中國(guó)人民男一名五〇歳位の助けを求めさし出した手を取り地上に力一杯たたきつけ體を一回蹴とばした。この中國(guó)人民を家の中に封鎖し殺害した。
1944年3月、山東省徳県で朝鮮婦女一名二五歳位を1回強(qiáng)姦した。
1944年4月、山東省蒙陰県で捕えた中國(guó)農(nóng)民男一名二五歳位を戸板に縛り棒でしめ、十リットルの水拷問(wèn)を行った。後、仲間に指図してこの中國(guó)農(nóng)民を刺殺させた。同月、山東省萊蕪県で八路軍戦士二名を六回蹴り拷問(wèn)を行った後、仲間に刺殺を命じた。(編集NA)
「人民網(wǎng)日本語(yǔ)版」2015年9月1日
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